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農地改革法
1958年10月10日、激しい革命戦争の最中に、シエラ・マエストラ山脈において、陸軍少佐(コマンダンテ)フィデル・カストロの率いる革命軍総司令部は、広範囲にわたる最地改革計画を遂行するための第一手段として農地改革法第3号を発令した。同法令は言っている。「天然資源および人的資源をもっとも有効に用いるため、キューバ経済はその発展途上において(砂糖の)単作農業(モノカルチャー)への依存を排除すると同時に工業を発展させ、多様化しなければならない。」革命軍が勝利した年、1959年5月17日、革命政府はキューバ農業の根本的改革のために農地改革法を制定した。
 1963年10月3日、同法は革命的成果をもたらした。その結果、農業生産は発展し、キューバの最大限の経済的発達が可能となった。
キューバ:ラテン・アメリカにおいて文盲を一掃した最初の国
 専制政治に対する革命の勝利(1959)と同時に文化の遅れを取戻す一般民衆の斗いが始まった。その斗いの最大の成果の一つはわが国から「文盲が一掃された」ことである。
 今日、キューバでは教育はすべて無償であり、新しい社会に生きる新しい人間の育成に奉仕している。
キューバ教育体制の進歩    学生人口*
(初等、中等、大学教育を含む)
年度        学校数
1958        7,682
1969        43,097
   (小学、中学、大学生を含む)
  年度      学生数
1958/1959     834,881
1968/1969   2,209.946*
   ・奨学生および準奨学生の数は40万を越えている。(小、中学生
    の場合は衣食住のすべてが支給される。)
教職員人口 年度 教職員数
1958/1959 23,648  
1968/1969 103,129  
              
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